人生の約四分の一が過ぎたのでこれまでの人生を振り返ってみたら少し泣けた話①

 

放置&無茶振りの多い人生だったなぁ、と。

おかげさまでたくましく成長しました。

 

幼稚園

野球が好きなのに、何故かサッカー教室に通わされていました。

僕が幼稚園の頃といえば、90年台初頭。そう、Jリーグが開幕した頃です。

とにかく初物が大好きなうちの父親は「息子をJリーガーにする!」とか本気で考えていたんでしょうね。空気の読めない息子は小さい方のボール(野球ボール)を追いかけ始めたわけですが(笑)

サッカー教室に野球ボールを持ち込んで先生に没収されたのだけ記憶に残っています。

 

小学校

野球でキャッチャーやらされていました。理由は「他にやりたがる子がいないから」

で、コーチ的な人からキャッチャーミットを渡されました。

「じゃ、Y君とバッテリー組んで頑張ってみて」と言い残してノックを打ちに行ったおっさんの後ろ姿は割りと覚えています。

当時エースだったY君はいわゆる「悪ガキ」。練習に顔を出さず(土日でしたからねぇ)ポケモンで遊んだりカードゲームしたりプール行ったりしていました。

バッテリー組んでる僕はY君がサボる度に自転車を走らせて家まで迎えに行ったのを覚えています。

 

中学校

中学1年の頃、体育祭で1000mリレーという種目に抜擢されました。理由は「他にやりたがる子がいないから」

1チーム5人で、1人200m走ります。僕は担任のおっさんからチームリーダーに任命されました理由は「担任と眼が合ってしまったから」

で、「メンバー集めてリレーの練習をしておけ」と言われたんです。これ、当時の僕には無理難題なんですよ。

当時うちの中学校は市内トップの進学校でして、中学1年から進学塾に通うのがスタンダードになっていました。

チームでも僕を除いた4人は某進学塾へ通っていたため、当然放課後にリレーの練習はできるわけもなく、昼休み中も勉強をする彼らに声を掛ける勇気もありませんでした。

早々に「こりゃ無理だな」と思い、担任のおっさんに「リーダー向いてないッス」って言ったら、まぁ怒られましたよ、「野球部だろ?弱音吐くんじゃねぇ」って。

「野球部って便利なんだなぁ」と思いましたよ。

 

嫌々リーダー続投です。とにかくメンバーを練習させないといけなかったんで、考えましたよ。野球バカが。

で、その時からプロ野球中継を見ていたんですけど、巨人時代の松井と阪神時代の新庄を見て思ったんですよ。「リーダーって2種類いねぇか?」って。

 

◯とりあえず野球を一生懸命やっている姿を見せて背中で引っ張る努力型(松井タイプ)

◯天性の明るさで周りを巻き込む才能型(新庄タイプ)

 

僕はどう考えても松井タイプにしかなれないと思いました。なので、とりあえず1人でひたすら走ってみたんです。「あいつらも付いてきてくれるはずだ!」とかアツい妄想をしながらね。

 

付いてきませんでした。

 

彼らの中では「体育祭<勉強」だったようです。

今思えば「◯◯高校(偏差値60ぐらい)以下の高校へ行く奴は負け組」みたいな風潮がありましたからね。そりゃ必死にもなりますよね。まったく気にしていなかった僕がおかしいわけで。

「野球できそうな高校ならどこでもいいや」って本気で考えてましたからね。

塾のバスに乗っている友達を見て、「中1から進路の心配するとかお前らどんだけエリートだよ」って思っていましたからね。

 

え?リレーの結果?

 

7チーム中、6位でした(笑)

 

 

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古いものを投げ捨てろ!【サタデー便】